悲しい時のキューバ

「SOY CUBA」は、
ソ連の映画監督、ミハイル・カラトーゾフによる
1964年の映画です。

日本では「怒りのキューバ」という邦題が用いられていますが、
現題をそのまま翻訳すると「私はキューバ」です。
資本家、資産家たちの圧政に苦しむ民衆とその蜂起が
オムニバス形式で描かれています。

東西冷戦の影響で、アメリカで初めて上映されたのは
1992年。コッポラ監督やスコセッシ監督が絶賛したそうです。
コッポラといえば、「ゴッド・ファーザーⅡ」を観ていると
キューバでの自爆テロを目撃した、
アル・パチーノ扮するマイケル・コルレオーネが
「彼らは金のためにやっていない、だから勝つかもしれない」
と、キューバでの利権をむさぼるマフィアの
最年長者、ハイマン・ロスに言います。

「SOY CUBA」の音楽は、
キューバの作曲家、カルロス・ファリーニャスによって書かれ、
本人によって、ギター用に編曲されています。

じつは、カルロス・ファリーニャスとは、
ローマを一緒に旅行したことがあります。

僕は昔、オーストリアでエリオット・フィスクに習っていた時、
もうひとりホアキン・クレルチという、キューバ人の先生に習っていて、
彼の当時の奥さんの弟ハビエルと、ルーム・シェアしてました。
このハビエルに、一緒に住んで半年くらい経ったある日、
「ねえ、スズキ、タックス(税金)って、なに?」
って聞かれて、軽くカルチャー・ショックを受け、
共産系の国の人とわかりあうことの難しさを痛感した思い出があります。
当時のキューバは、食糧難で、
みんなハビエルみたいに肉親を頼って、留学か、亡命をしてました。
中には、身寄りがないのに国を出ようとして、
ボートで海に乗り出して、そのまま遭難してしまう人もいました。

ホアキンは僕より5歳年上だったから、
60年代の、ソ連からもたらされた文化的な恩恵を一身に受けていて、
音楽面での英才教育の素晴らしさを引き合いに、
だから、コミュニズムだって悪いところばっかりじゃないんだよ、
ってしきりに言っていました。
当時は、ソ連崩壊後、東ヨーロッパもどんどん解放されていって、
キューバは孤立してしまい、キューバを出る、ということが、
キューバ人にとって、深刻な選択肢だったのですね。

作曲家カルロス・ファリーニャスも、
ドイツに住んでいました。
とても優しく、音楽について造詣が深く、
きれいなメロディーから、実験音楽まであらゆる種類の曲が書けて、
しかも、キューバの後輩たちの面倒をよく見るので
とても慕われていました。

画像


「SOY CUBA」の「前奏曲と悲しい歌」を弾くと、
映画の登場人物たちの、やり場のない怒りや悲しみと(それは革命前)、
孤独なキューバの亡命者と、
食料に飢えてサメだらけの海へ漕ぎだす人びとと(これは革命後)、
それでも優しく明るく生きているキューバのみんなが
なんだかまぜこぜになって、小さな結晶みたいなものが
その中に見えてくる気がします。
僕は、その小さな結晶を音楽にしたいと思います。

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この記事へのコメント

ゆっこ
2008年04月10日 18:58
星新一の小説で、異星人が地球に戦争をしかけて壊滅的な状況にするものがありました。彼らの目的は、芸術品。極限の状況に置かれるとより素晴らしい音楽や詩や絵画などの芸術ができると。平和な状況では何も生まれないというオチ?のブラックなショートショートなんですが、当時のキューバもそうだったんでしょうかね。
人々の苦悩と希望の結晶を大切にする大ちゃんが、大好きです!

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