足りなければサプリメント

秋川キララホールで古部くんとの楽しいコンサートを終え
帰宅するもちょっとした事件で
ドタバタしてしまい、

今日はちょっとお昼をがっつり行きすぎたので
夜は控えめね、
と思っていたのに

いろいろ案件が重なっていたので
それらをやり過ごしたら急にお腹が減って
ひとりでポンド・ステーキを焼いて食べてしまいました....

反省...


ちょっと前のここにも書いたけど、
やはり年齢が
長年お世話になった人をおくったり
仕事上での責任が重くなったりする
年齢に差しかかってきていて、

地球が太陽の周りを50回もくるくるしたっていうのは
宇宙の悠久から見たらほんとに一瞬かもしれないけど
自分という小さな存在には
とても大きなことだなぁと実感。


これも前に書きましたけど、

そういう時にさらに成長するには、

やはりこれまで自分と接点のなかった人に助けてもらったり、
新しい、まったく違う世界の人と組んだり、
若いエネルギーに力を借りたりする、

そういうことで自分の体の外にある
めぐりやちからを取り込んでいくのです。


ちょっと前に
人間の経絡に関しての本を読んでいたのですが、

例えば蜥蜴の尻尾は切れてもまた生えてきますよね。

あれは切れたところに、
特有の電気信号が発生して、
細胞が受精卵の胚から分裂して体を作った時のような
同じような細胞分裂を促すような指令を
末端の切断部に送るのだそうです。

ですから人によっては、
これはあくまでそういうケースもあるらしい、
ということですが、
ある程度の怪我による欠損を
修復できることもあるのだとか。

でもそのような電気信号は
歳と共に出なくなっていく。


大人になって、
常識に囚われると
自由な発想がなくなるみたいに、

怪我は怪我としてしか捕らえられなくなっていくみたいなんですね。


僕は最近、
この細胞分裂力、というか、
細胞再生産能力、っていうのは
人間関係などを支配していると思っていて、

たいていの人的トラブルっていうのは
細胞再生産能力をシビアに比較していくことで
原因というか、トラブルの根元が見えてくるのですね。

ま、それはさておき

大人になるっていうことは、
要するにその分裂力が衰え始めたところを
例えばサプリメントのようなもので
補っていくようになるんですね。


これって仕事におけるアイデアやスタッフさん選び
なんかも一緒なんじゃないかと思ってます。


だから若い頃は
自分に必要な新しい進化のようなものを
自分の中に無限にある可能性の中から
選び取っていきさえば良いのですが、

それらの可能性が淘汰されて、
ある程度確実な適性と職務に追われる僕くらいの年齢というのは、

自分が補えない可能性や分裂力を
サプリのように
未知なる協力者で補う必要があるのです。


でもね、
そうするととても面白いことが起きるということが

わかってきたんです。

まず、
その新世界からやってきた協力者っていう方達の中には、

僕のこれまでに全く興味がない方もおられます。

それから
これまで僕がどんなことをして
お客さんに喜ばれてきたのか、
というのをリサーチしない人もいます。


でそういう人と仕事する時に、

僕は最低限の僕らしさ
これまでどおりの看板のようなものを守ろうとするんだけど、

それってそんなにウケます??

って言われちゃったりする。

かと思えば相手が、

これは絶対大丈夫です
と提案してきたものが、

あまりにもこれまでの自分のスタンスと結合しないものだったりする時もある。

と、まあ、
いろいろで、

いろいろな摩擦をクリアーしながら
なんとか一歩一歩、全員の妥協点て言うと後ろ向きだけど
落とし所を見つけながら前に進んでゆく。


そういう作業はほんとに疲れるけど


やはり自分が思っても見なかったような
アクションにつながるのだなぁ

と今夜はそれが確認できた
祝杯をひっそりとあげております。





























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