これまでの配信体験から思っていることのまとめ

皆さまいかがお過ごしでしょうか。


東京は最近、
新型コロナ・ウィルスの罹患者がどんどん増えてきてしまって、
僕もいつどこで感染してしまうかわからないので
正直びくびくしています。


昨日、YouTubeで5日前にアップされた
ビル・フリゼールがWhat the world needs nowを
トリオで弾いている7/19のビデオ見てたら、
アメリカの皆さんもすっかりしっかり
マスク着用されています。



が、
僕は東京の、わりと街中に住んでいるのですが、
罹患者再び200人を超える前、14日くらいから
マスクが面倒くさくなってマスクはしていても
顎に引っ掛けている人を見かけるようになったり、
居酒屋さんによってはかなりな密集状態で、
もちろん大きな声でお話しされたりしているのが
普通になってきています。

マスクの効果にはエビデンスがない、
という話もありますが、
マスクをする習慣がないアメリカの人たちが
あれだけ揃ってマスクしてるのを見ると
若干、考え込んでしまいますね。
😦




僕は当初から
「コロナが収束したら」あるいは
「コロナが収束するまで」
という意見には懐疑的でした。

未知なるウィルスの脅威には
現代の人類でさえも無力であるということの
衝撃の方が大きかったです。

実は今でも、
少しずつ元に戻っているとは思っていません。


僕は年齢というか世代的には
真ん中より少し上だと思うのですが、

正直なところ
『今は我慢の時、
また元に戻ったら、』
という感じのお話をされるのは
自分より上の世代の方が多いです。
そしてその世代の方たちは
すごく慎重に振る舞われているようにも
見えるし、
割合から言ったら
我慢をしてなるべく家にいるケースが
多いのだと思います。

やはり、
戦後の好景気やバブル期を知っていると、
そのデフォルトの状態に戻す、
という努力にモチベーションが加わるのでは。。。。


一方で若い世代は
先行きがどうなるかわからない漠然とした不安と
闘っているように見えます。


僕は医学については全くの素人なので
あんまり適当なことを言ってはいけないのですが、
若い世代を中心に感染が広がっている、
というのは、
未来を閉ざされた動揺が
彼らを
なるべく平時と同じように過ごしたい、
という行動様式に駆り立てているから、
というのもあるんじゃないかな、
と、
東京の街中に住んでいると思えてしまうのです。




6月から7月にかけて
5回の配信演奏の機会がありました。

全て生配信でした。
どきどきしました。


今の配信の現場は
毎回試行錯誤の連続です。


それまで
ライヴ・カフェの支配人だったおじさまたちが
ああっという間にデジタル・スキームを身につけて
アプリケーションやソフトウェアに精通してしまうのには
目を見張りました。

コンサート・ホールの静寂や残響が
これほどありがたく、また研ぎ澄まされていたものであったのか
ということも痛感しました。

普段、クラシック音楽に携わっていなかった
スタッフさん、チームさんたちが
だからこその実力を発揮されている現場も
何度も見ました。


試行錯誤の連続
ではありましたが、
それは希望の沃野でもありました。


配信はだめだ、
やっぱり生に限る、
というご意見はもちろんたくさんありました。

でも僕にとってはそのことはどうでも良かったのです。

配信コンサート、
という新しい様式はどこまで発展させられるのか、
その先に何か未発見の大陸のようなものはないのだろうか
という好奇心だけでした。
今はまだ探検の途中です。


というのも
その奥深くには、
未発見のウィルスはこれからもまだ発生するだろう、
という心配がありましたし、
そのことで
音楽を愛してくださっている人たちの楽しみや慰め、
そして若い人たちの活動の場、ミュージシャンとして生計を立てる方法
を、根絶やしにしてはいけないからです。


何度もこの場を借りてお話ししていることですが、

元に戻るなら最高です。

ただし、
上記“我慢をする”
のほかに、元に戻るために努力できることはありません。

なぜなら治療法もなく、
感染のシステムすらもはっきりとは確定されていないので
どこでどう気をつけていいかわからないからです。


だったら
元に戻らない時にも新しいことが生まれる
努力をするしかありません。

今も大変なご苦労をされている
医療従事者の方々のことを思えば、
早く元に戻ろう
という発想はなかなかないはずなんです。

正直、8月から解禁予定だった
5000人という数字も
僕にはとても現実のことには思えていませんでした。




蛇足ですが

最近その手の話題を
若い世代からよく耳にするのですが、
そもそも音楽や美術、舞台も含め、
芸術は
人を集めるものが高価になる
という基本理念でこの200年くらいやってきてしまっているので、
人を集められないのに
良いクオリティかどうかを判断する基準が
芸術界全般に希薄だということも
トピックにされることが増えているようです。


でも、僕が読んだ本に、
ビル・エヴァンスのライヴに行ったら
お客さんが5人くらいしかいなかった
という話がありました。
ビル・エヴァンスのライヴ・アルバムは
珠玉の遺産として今日でも
再発見を重ねられています。
もちろん、そういうライヴ・アルバムのお客さんが
5人だったとは思いませんが、
常にたくさんの人を集めた、
以外にも
芸術が保存され、後世に名をとどめるケースはあるということですね。






最後ですが
僕が配信コンサートについて
思いを巡らせていた時によく見ていた
二つの配信がこちらです。




この二人の巨匠の
演奏会をきちんと収録した動画は
優れたものが多数YouTube上に存在していますが、
それでもこの二つの動画の持つ
スポーツの試合の中継のようなドキュメント性の向こうに
何かとても貴重な原石があると感じました。


あ、ついでに自分のもアーカイヴしておきます。

























この記事へのコメント

鬼怒無月
2020年07月26日 07:48
昨日大ちゃんのソロ演奏アーカイブを見ました。素晴らしかったです。そして同じ音楽家として大ちゃんの揺るぎない哲学にはいつも感銘を受けます。有難う。
ギタリスト 鈴木大介のブログ
2020年09月03日 13:18
鬼怒さん!!!

すみません!!!
8月がドタバタで、
鬼怒さんの優しい感涙コメント、
今気がつきました😭

いえいえこちらこそ
鬼怒さんのみんなのための優しさと音楽、
心から尊敬しております。

今後ともどうぞよろしくお願いします。