なんとか自分の言葉をみつけようとすること

パリでの惨劇で目覚めた一日、
朝のうちに知人や友人の無事が確認できたのは
安心できましたが、
実際に被害に遭われた人々や、
旅行や仕事や留学のためにパリに滞在しているご家族を
持っている皆さんの心境を思うと
心が痛みます。


僕がザルツブルグに留学していた20年前、
日本ではちょうどオウムのサリン事件と阪神淡路大震災がありました。

テレビが家になかったし、
ネットどころかファックスもようやく取り付けたばかりのアパートで、
心配だけが募るなか、
近所のオーストリアの人々が
逐次ニュースで観た様子を教えてくれました。


少なくとも今日の昼間のテレビを観た限りでは、
僕はフランスからの隣人になにも伝えてあげられなかったと思いますが・・・

その分今はTwitterとかネットとか、
リアルタイムに伝わってくる情報もあるので、
正直に言うと
この惨劇はNYのテロ以上に身近に感じられました。

ベイルートでも大きなテロがありました。
こちらもほんとうに悲しい出来事です。


音楽家になった頃、あるいは
音楽家を志していた頃は、
戦争や飢餓や災害にあっても
人々は音楽や芸術の力で立ち上がることができるのだ、
と信じていて、そのために自分がその道を志すのだ、
とさえ思い込んでいました。


それから20年、30年が経って、
実際に多くの惨劇を目の当たりにし、また自分の日常も
それとそうほど遠くないところにあるのだと感じるようになったとき、
果たして芸術への信頼は揺るぎないものの、
それをどのように自分が発していくべきなのか当惑する、というか、
たとえばこのBlogにも自分が何を書けば良いのか
まったくわからない状態になりつつありました。


でも今日は、
このままじゃいけないな、という気持ちです。

テロが起きてから
戦争の悲惨さを声高に叫ぶのではなく、
今ここにある危機は、ずっと繰り返されて来たことが
累積し、相乗効果を伴って
とても深刻なあやまちになってしまったのだ、
ということを
自分の心に刻まなくてはいけません。
そしてそれは怒ることよりずっと辛いです。

思えばシャルリー・エブドの襲撃の時は、
言論に対する武力行使の冒涜に対して、
あるいは、無抵抗な市民を晒し者にし、
犠牲者にするという悪辣な行為に対しての
もう少し単純な怒りがあり、
自分は襲われた側の人間を支持する、
という表明が流行しました。

もちろん、
許せない残虐な行為でした。

でも、今ここに起きている惨劇に、
裁きを下す出口はありません。

日本だって、
緊張関係の国際情勢の一部ですから、
この危機と無縁というわけにはいきません。

もう、話し合うとか
主張をしあう、とか、
そういう世の中じゃなくなっているのかもしれません。
隣人も、同じ街にすむ人も、
通りすがりの観光者も、
ひとたび何かが間違えば命のやり取りになってしまう、
だからこそ、
相手を知らなくても自分の誠実さを表現するべきだし、
二度と会わない人へも
家族と同じかまたはそれに近いような愛情をもって
接するべきなのかもしれません。

守るもの、についてのこれまでの定義が、
根底から揺らぎ始めてしまっていたのですね。









































この記事へのコメント

ねころく
2015年11月16日 10:54
どうして 許容しあうことが出来なくなってしまったんでしょうね...
富山にもっとギタリスト
2015年11月23日 09:43
「むしゃくしゃしてやった」「相手は誰でもよかった」。軽微なものを含め他者に対する罪を犯したと思われる容疑者が平気で語る言葉。「むしゃくしゃ」とはどういった感情? 「誰でもいい相手」に自分は含まれないのか? 彼らに言葉を絞り出して説明してもらいたい。安易な言葉が簡単に使われている、というか、自分の感情をきちんと言語化できない人が増えてきているのではないかと危惧します。大介さんの言葉は時に難しく、僕の理解できる範囲を超えてしまっているのだけれど、その感情や思考をぎりぎりの範囲で言語化しようと努力しているところに胸を打たれます。「一連のテロ事件」と他人事のように片づけてしまう僕の思考パターンも情けないですが、大介さんの言葉で今の自分の在りようについても問われているような気がしました。話は変わりますが、コンサートでの大介さんの爆笑トーク・明るい音楽と、このブログに綴られた大介さんの思いは、同じ一点で繋がっているような気がします。それにしても、こんなに誠実に自分の思いを伝えようとするギタリストのブログは見たことがない。何度読んでも難しいですけどね。でも理解できるように努めたい。もしかすると、そのためのプロセスは、僕の場合、音楽に誠実に向き合うことから始まるのかもしれないと思っています。

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