カッチーニ

日曜日に、
自分が出演しているFM番組で、
カッチーニの「アマリッリ」を取り上げました。
日頃、天羽さんの伴奏で
何気なく演奏していたんだけど、
カッチーニについて知らないことも多いから
勉強しなくては、と思って、
モンセラート・フィゲーラスのソプラノ、
ジョルディ・サバールのガンバ、ホプキンソン・スミスのリュート他の
CDを聴いてみました。

演奏も素晴らしく、
カッチーニの呼ぶところの「新しい音楽」が
当時の人々に喝采をもって受け入れられたことも、
想像できるような気がしました。

ルネッサンス時代というのは、
ギリシャ時代のような、人間味あふれる表現を
取り戻す、ということがテーマのひとつだった、
と昔教わったように思います。
カッチーニも、言葉とそれにふさわしい音、
という表現を、プラトンに習って追求したとか。

中世に教会で発達した複雑な多声音楽から脱して、
言葉をはっきり伝えるために、それにもっともふさわしい
唯一のメロディー・ラインを与える、
そうすると、歌唱も演劇的な要素が必然的に高まるから、
後のモンテヴェルディーらの、
オペラの時代の幕開けとなったんですね。
ギリシャ悲劇の台詞もまた、
節のついた朗唱だったといわれていますから。
にしても、
アマリッリって女の子だよね?
なんでいっつも女の子が「私の麗しのアマリッリよ~」って歌うんだろ。

ダウランドのリュート・ソングも、
同時代のシェイクスピアの演劇と無関係ではないようです。
リュートの曲も、例えば「蛙のガリアード」みたいに、
主題のリズムを不規則に分割してゆく細かな装飾の仕方とかは、
演劇の、少し語呂合わせの混じった台詞みたいに聴こえます。

洗足でも時折ダウランドのレッスンしたんですけど、
僕はダウランドの曲はどうしても、
野田秀樹さんのお芝居とか、劇団新感線を
思い出してしまうです。

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