9日

くりこま高原へ、新幹線に乗りました。

武満さんの映画音楽のカヴァーの作業が遅れ気味なので、
列車の中でもCDを聴いていました。

この頃、この一ヶ月半くらい、
出会う人と、あるいは食事などをしながら、
ひとりになりすぎて、自分を見失うこと
について話すことが多い気がします。

ある人は、その人が欲しがっている
たったひとつの愛情を手に入れようとして、
からだや心をむやみに傷つけた、と言っていました。
またある人は、集団に帰属せずに
ひとりで生きていこうとして、
時々自分で自分のことを認められなくなって、
そんな時に誰も味方がいなかったり、
仲間と「まあいいか」と言いあえなかったりして、
すごく孤独でつらいと言っていました。

はた目にはとても満たされた
能力と魅力の持ち主なのに、
その役を演じきろうとして誰にも甘えられず、
破綻をきたしていることをみんなに悟られていながら、
本人は一生懸命だったり、
自分のまわりのことを良くしようとしすぎて、
自分の魅力を押し殺してしまっていたり・・・
いろいろな人が、いろいろな形で
少しずつ、寂しさの信号を発していました。

そのような知人たちは、
みな僕にとって大切な人たちで、
どんな立場であれ、みんなすごく純粋な人たちです。
人を傷つけたり、仕事に妥協を厭わなかったり、
努力よりも足並みを揃えることを大切にしたりしない人たちです。
だからこそ、時にはそこに無理があって、
でもそのつらさは個人個人で違うから、
ひとりで抱え込んでいる、
僕はそういうことが少しはわかるから、
そのような人たちと一緒にいられるのかもしれません。
あるいは、それは彼らに映った
僕の姿でもあるでしょう。

しかしだからといって、
その人たちが選ばれた民なのではなく、
本来誰もがそうやって生きていくべきなのではないか、
とふと思ったりもします。
ほんとうに社会は癒しとなごみと「あるある」の
コミュニケーションだけで成立しているんだろうか。
今の日本人は、なんとかひとりだちしようとして、
寂しさの固まりになってるんじゃないんだろうか。
そういう人に必要な音楽って何なんだろう。

そんなことを考えながら、くりこま高原に着きました。

ところで今、東北新幹線には、ゴミ箱がありません。
僕が降りようとしていると、デッキで必死にゴミ箱を探すおじさん。
ふたの密閉されたゴミ箱を開けようとし、
あげくの果てに販売員さん用のエレベーターにまで・・・

「ゴミ箱、ないんですよ」
「え???」
「今、ゴミ箱なくなったんです。」
「え???」
「テロとかあると危ないから。」
「????・・・・・・・これ、紙。」

「かみ」
って言われて、
なんでだか知らないけど
あ、このおじさんは寂しくないんだな、
と思いました。
どうしてだかはわからないけど。
彼は自分のゴミ箱を探してまたどこかへ去っていきました。

新幹線を降りて、
荒川くんに車で迎えにきてもらいました。
荒川くんその話聴いて大爆笑。
「それ、今日話そうよ。」
「いや~、笑ってもらえないんじゃないかな」

そう言って、二人とも気がつきました。
玄関は開けっ放し、隣近所はみな家族同然の社会において、
危険物防止のために撤去されたゴミ箱の方が、
よっぽど理解の範疇を越えているでしょう。
「笑えないね、なんのことだかわかんないね、確かに。」

この、家族同然は、
何も地方社会に限ったことではないんです。
うまく言えないけど、
日本はちょっと前まではどこもそうだった気がしますし、
都会でも、同じ会社だったりすると、
一気に心の壁が消え去る傾向にあると思います。
その、壁のある状態と、ない状態に、
中間がない。
わかってもらえる場合は、すべてわかってもらえると思ってしまうし、
わかってもらえないと、この人違うなって思う。
書いてたら、なんだか僕もそう思ってるんじゃないかと
心配になってきましたが、
孤独感なり、疎外感て言うのは、
そういう風に見えない円満なサークルがあってこそ発生するわけですから、
都会の方が小さな村社会をたくさん抱えているのかもしれません。

コンサートは通大寺という、
由緒正しいお寺で行われました。
ご住職がそうとうな音楽好きの方で、
部屋中にかけられたセミアコのギター。
スピーカーからはずっとジャズが流れています。
アンコールには荒川くんの妹さんのともこちゃんも
リコーダーでゲスト参加。
すごくきれいな音色でした。
しかも僕と誕生日が同じということが判明。

その夜は、仙台に帰って、
ある法律関係の仕事をしている方に、
「電車男」と「ストーカー」の法律的な違いなどを教わった話や、
バーで隣に座った歯医者さんの先生に、
古代の恐竜のミトコンドリアについて教わった話や、
荒川くんがどこかで聞いた、
隕石の衝突で地球の地軸がずれて、
重力が急に強くなり、
恐竜が生きられなくなった話をしながら
楽しく飲んで、眠りにつきました。

10日

朝は普通に起きて、朝食とギターの練習。
ホテルを後に新幹線で東京へ。
連休最後の日なので列車はすし詰め。

僕の隣には、初老の紳士と20代半ばのふくよかな女性。
女の子は大事そうに温泉のパンフレットを抱えていました。
お弁当を食べたり、時折紳士の肩にもたれて眠っています。

僕はまた武満のCDの続き。
CDは「燃える秋」という映画のところまで来ました。
ハイファイセットが武満作曲の主題歌を歌っていた、
五木寛之原作の映画です。
実は昔から僕はこの映画のサントラを持ってました。
全集の方はそれとは違う構成で、
武満さんの「大失敗するか?」と書かれた
メモもブックレットに掲載されてとても興味深いです。

武満さんの「燃える秋」の音楽は、
とても豊かで官能的に美しく、
どちらかというと武満さんの作品のなかでもっとも
ムーディーなものですが、
全集盤の方で聞くと、
ある種ドライな感じに聴こえる、のか、
センティメンタリスムが起こらないまま
自然に美しさだけを受け入れられます。
甘美であると同時に、
すごくリアルな音楽だと思いました。
どういうことかというと、
普段の武満さんの音楽の、
この世のものではないような幻想性ではなくて、
ちゃんと美しいメロディーや、
ストーリー性のある展開を持った音楽なので、
この世の女性の美しさ、みたいに聴こえるんですね。
生きていることの美しさ、っていうか・・・・
しかも武満さん作曲のタンゴまであります。

旅をしながらいろいろな人にあったり、
いろいろなことを考えて、
アルバムの到達地点が少し明確になりました。






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この記事へのコメント

kaorinishina
2005年10月11日 22:58
旅に同行させてもらったような気持ちで読ませていただきました。大介さんの思索というお池の周りをちょっとお散歩させていただけたような気もしました。バーでのエピソードも、とってもステキです。
「燃える秋」はドミニク・ヴィスさんの歌唱でしか聴いたことがありませんが、大介さんのギターでも聴いてみたいと思いました。
hiroshiarakawa
2005年10月12日 00:02
9日の演奏会はありがとう。また次回ー。
今度は恐竜のことをもう少し詳しく調べてみとくね。
daisuke
2005年10月12日 01:24
その、ブラキオサウルスの首が地面に落っこちるところがすごいよね。どんくらい重いのかね。それよか、演奏ブラボーでした。楽しみました。またやりましょう。

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