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zoom RSS 広島のアランフェスと秋山先生

<<   作成日時 : 2017/06/12 00:12   >>

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おそらく、2003年の8月6日だと思うのですが、
広島交響楽団の平和祈念コンサートで、
アランフェス協奏曲をご一緒して以来ぶりの、
秋山和慶先生とのアランフェスです。

今日は初めてのリハーサル。

本当は公演が終わってから秋山先生に直接お話ししようと思ってたんですが、
リハーサル前にPAのセッティングの配置換えなどで時間があり、
オケのみなさんとなんとなくお話しする空き時間ができると、
秋山先生から、「2003年以来ぶりなんだって」
と切り出されたので、
生徒の皆さんにも、その2003年の僕の体験を少し話しました。



そのコンサートは、
原爆資料館の地下のフェニックス・ホールで行われる原爆の日の演奏会で、
凄惨なスペイン内戦で疲弊した人々の心を、
もっとも激戦地だったバルセロナで初演されて以後、
癒し続けたアランフェスを、ということで選ばれて、
僕が弾くことになったのですが、
リハーサルで前日入りし、
前夜からの原爆の日への広島市全体の想いと街の様子に圧倒されて、
その後の人生を大きく変えるような体験をさせていただいたのでした。


ああ、俺ももう少しちゃんとしないといけないなぁ


と心もちを改めて、
それ以後、林光先生のコンチェルトを再演したり、
日本の音楽を積極的に初演しようとする活動への
きっかけとなった、転換点なのです。




リハーサル中も、
時折、演奏を中断して秋山先生が
家族を失った悲しみをもっと深く表現するように指示されたり、
ピカソのゲルニカって見たことあるかい?
と問いかけたりと、戦争の悲痛さを語られるのに刺激されて、
僕もオケのメンバーに、自然に話すことができました。


「戦争っていうのは、昔は戦場でしか人が死ななかったでしょう?
で、スペイン内戦ていうのは、歴史上初めて、普通の人が暮らすところに
飛行機で飛んで行って空爆をしたんです。
みんな、2001年の9月11日に、ニューヨークのビルに旅客機が突っ込んだとき、
『こんなことするのって考えられないよ』って思いませんでしたか?
それと同じような、想像を絶する悪い一歩を踏み出すような出来事だったんですよ」


秋山先生としばし「ゲルニカ」の大きさ談義で盛り上がったりして、
いろいろお話しした後に、
はっきりとオーケストラの音色が変わって、
僕は本当に感動しましたし、
もっともっと、音で何かを伝えていけたらいいなと、
さらなる努力をしなければいけない気がしたのでした。



こんな風に若い人たちに
秋山先生と一緒に語りかけながらアランフェスを弾く日が来るってことを、
2003年の自分に伝えてあげたいです。

そしたらもっと真面目に生きてきたんじゃないのか!?
という自戒の意味も込めてですけどね・・・・。



と、いうわけで、
4月の新日さんとの演奏の時も、
指揮のアルフテルさんが「これはレクイエムなんだ!」とお話しされてましたが、
洗足学園では音響デザイン科のスタッフたちの技術を結集して、
熱いオケの編成と秋山先生もこだわりのバランスのとれた音響で演奏いたします。
どうぞお楽しみに。

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