ギタリスト 鈴木大介のブログ

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zoom RSS アランフェスの話

<<   作成日時 : 2017/04/17 09:32   >>

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新日本フィルハーモニー交響楽団さん、
ペドロ・アルフテルさんとのアランフェスの2日間、
とても幸せな時間でした。

アルフテルさんは、
おじいさんの代からの有名な作曲家一族の出身。
本人も今2本のオペラを作曲中、という、
僕より一つ若くて、まさに今評価と知名度がうなぎのぼりの
乗りに乗っている指揮者です。

ペペ・ロメロ氏との80回を超える共演を始め、
エルネスト・ビテッティ、パブロ・サインス・ビジェガス他、
多くのギタリストと200回を超えるアランフェスの演奏回数(!!)

それだけに、
ほんとうに細部までコントロールの行き届いた
それでいてスポンティニアスさを失わない
素晴らしい指揮をしてくれるのです。

その彼をして、アランフェスは

「これは世界で最も難しいコンチェルトだ。
楽譜はそんなに難しく見えないから、みんな簡単そうに振ってしまうけど、
ギターはとても難しい楽器だから、少しのことで壊れてしまう、
クリスタルのような作品なんだ。
ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の方がよっぽど楽だよ」

との事。
というか、ギタリストとしてそれは、
まさに我が意を得たりでした。

今まで、CDなどで巨匠たちの録音を聴いていて、
ここのところは少しテンポを拡大しているんじゃないかな〜とか、
このギターが終わってオケが入ってくるところのテンポ、
ギターのテンポのままだとどうしてもオケが遅く聞こえちゃうなぁ
とか、
そういった微細なテンポの調整を、
まさに、僕がうっすらそうなんじゃないかな、
と思った通りにやってくれるんです。
これは最初からめちゃくちゃ感激しました。

そして
「アランフェスが書かれた1939年は、
スペインの内戦で人々が悲しみに暮れていた時期なので、
2楽章はもっとゆっくり、鎮魂の思いを込めて演奏するんだ」
と、解釈にもこだわっていて、たくさん刺激を受けました。



2003年8月6日、
広島交響楽団の演奏会でアランフェスを弾いたことがありました。
その時に、
アランフェスは内戦で疲弊した人々を癒した曲だから、
という理由での選曲だった、と聞きました。

前日に広島入りしてから、翌日までの
原爆記念公園での様子と、
その地下にあるフェニックスホールでの演奏体験を通じ、
自分が漫然とアランフェスのみならず、音楽の演奏をしていたことを
反省しました。

本当は、声にならない思いや願いを
たくさん込めて音楽は演奏されるべきもので、
そのために慎重にレパートリーを選び、
その曲を深く理解することが
どれだけ重要で、切実なことなのか、
その後の人生は、いつもいつも広島での経験の上にありました。

僕はそのあとすぐ、
スペイン内戦についてたくさん資料を読んで、
「禁じられた遊び/鳥の歌」というCDを録音したり、
日本人による祈りの音楽を弾きたいと思って、
林光先生のコンチェルトを録音したりしました。
そしてそれらの活動の基盤になっていた思いと方向性は
今でも、
例えば自分がエチュードを書くときにも通じていると思います。


アランフェス協奏曲は、
オーケストレーションや、構成や、
いろいろなことで、
有名な割には、弱い部分が散見される曲だと思います。

そして、アルフテルさんが言うように、
ところどころ難しすぎます。

僕は普段、
家でピアノ・コンチェルトのCDをよく聞きます。
大概がベートーベンで、あとはモーツァルト、
それから近代の、プロコフィエフとかスクリャービンとかラヴェルなどが中心です。

そうして聴いていると思うのは、
コンチェルトというのは始まりから終わりまで、
奏者のコンディションを整え、アンサンブルの面白さや
ソリストの技巧を発揮しやすいように書かれるべきものだし、
たいていの場合は実際にそうなっている、ということです。

しかしアランフェスはそうではありません。

でもアランフェスは
1940年の初演の時、
しかも内戦が一番激しかったバルセロナで
多くの人々の涙を誘い、心を癒しました。

それから、
それほど有名ではなかったナルシソ・イエペスが
一躍有名になるきっかけを作り、
フラメンコのナンバーワン奏者であるカニサレスさんが
ベルリン・フィルとの共演でクラシック奏者としても一流であるということを
知らしめた曲になりました。

この曲にはなぜか、
そういう人の運命の流れを変えたり、
伝説的にしてしまうような
“星のもとに”生まれている、
という気がするんです。

曲自体も、
そのものが持っている譜面上の情報の他に、
少しスピリチュアルな言い方になってしまうけど
何かに守られているような、
アランフェス自体が生き物のように自分で音楽や物語を紡いでいるような
そんな感覚にとらわれることがあります。


アルフテルさんが言うように、
この曲は本当に壊れやすくて、
時には泣かされても来ましたが、
今回の演奏を通じて、
僕にはアランフェスが持っている運のようなものを
はっきりと確認することができましたし、
そのことを信じていれば、
決して間違った方向にはいかないのだということも痛感できました。


最後に、
知り尽くしたマエストロだけでなく
新日本フィルのメンバーの皆さんにも心から感謝の気持ちでいっぱいです。

コンサートマスターの豊嶋さん、
ビオラの篠崎さん、フルートの荒川くん、チェロの植木くん、他、
もう20年近くも、
僕が駆け出しでメンタル弱くてぶるぶる震えていた頃から
暖かく見守ってくれた先輩や友人がたくさんいる
新日さんにこんな素敵な機会を与えてもらったことは
ほんとうにうれしかったです。


さてさて、
僕のアランフェスのストーリーははそういうわけでまだ続くのだと思いますが、
未来はどうなっていくのかなぁ・・・

とりあえず、
6月13日に洗足学園で学生さんたちと演奏することになっています。
お楽しみに!!


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