ギタリスト 鈴木大介のブログ

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zoom RSS 兵士のその後

<<   作成日時 : 2015/07/30 09:25   >>

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新藤兼人監督の遺作となった
「一枚のハガキ」という作品の中で、
六平直政さん演じる定造という兵士が歌う
「影を慕いて」の伴奏をする兵士役で
ギターを弾きました。

もともと、
新藤兼人監督の映画の音楽を
継続的に担当されていた林光先生から、
ある日、
「映画の中で丸坊主になってギターを弾いてくれる人を
紹介してください。曲は『影を慕いて』です」
という旨のメールが来たのです。

(林先生は何についても淡々としていて
クールで大げさなところがなく、
そのメールの文面もほんとうにあっさりとしていました。
懐かしいです。)

しばらく考えて、
何人か後輩の顔も浮かびましたが、
丸坊主、というところがたいそう引っかかり、
言い出せずにいました。

そうこうしているうちに、
映画の内容やら、他に100人もの
丸坊主のエキストラを募集していることがわかってきました。

ネットでエキストラ募集のページを読むと、
「老兵募集」と書いてあります。

というのも、
この映画の舞台となる昭和19年の時点で、
ほとんどの若者は既に戦地に招集されてしまっていたために、
ある程度老けた感じのエキストラが必要だったそうなのです。

で、
もう一度、後輩たちの顔を思い浮かべる・・・

30前後の彼らは、
現代人なのでさらに若く見えて、
ひょっとすると少年兵みたいになってしまうのでは。。。

そう思ってから、
今度は何人かの先輩たちの顔を
思い浮かべました。

しかし、
丸刈りで「影を慕いて」を弾くというのは、
いくら映画に出演できるとはいっても、
編集されたら映ってるかどうかわからないし、
「林先生の仕事なのに自分でやらないの?」
と言われてしまいそうな気もしました。

そこで迷いに迷った挙げ句、
林先生に、
「あの・・・それ・・僕がやってもいいんですか?」
と聞くと、先生こんどもあっさりと、

「うん、それがいちばんいいんだけどね」

というわけで
あれよあれよと月日は流れ、
撮影当日。

映ってるかどうかわからないので
「映画に出ます」とは人に言えず、
なんか短いのに凝ってんだな〜
くらいに思われるよう、
髪を徐々に徐々に短くして
規定の9ミリ以下まで持っていき、
撮影に臨んだのに
いざロケ地の富岡製糸場に着くと
バリカンでさらにがが〜〜っと剃られてしまい、
呆然となりながらの
暑い暑い講堂での撮影でした。


この映画は新藤監督自らの体験に基づいていて、
集められた100人の兵士は、
その後、上官のひくクジによって任務を割り振られることになります。

結果、
生還できたのは6名のみだったそうです。


ギター弾くのでいっぱいいっぱいで
演技なんてもとからまったく頭にはなかったのですが、
自分なりに、どんな顔して弾くんだろ、
と、若干思い浮かべてみたのです。


多分、
この伴奏をした兵士は、
(実際にいらしたんだと思います。)
学校の先生をしていたのか、
あるいは趣味で弾いていたのか
ただの遊び人だったのか、
何らかの理由でギターが弾けた人です。

あとになって、
伊福部昭氏の作品集を作るときに勉強していてわかったことですが、
伊福部先生のお兄さんは
戦前なのにタンスマンだとかファリャだとか、
当時の最先端のギター曲でコンサートをしているのです。

昔、
山下和仁さんの「黎明期の日本ギター曲集」という
素晴らしいCDがありましたけれども、
その収録曲をたしなむような感じで、
ギター弾く人はわりに多かったんでしょう。

僕が撮影に使った
宮本金八さん作のギターも昭和19年製だったんです。
これは、
まさに撮影が決まったタイミングで、
知人のディーラーさんが管理を任された
ある方のご遺品の中に混じっていて、
奇跡的に出会った楽器なのでした。

話を戻しましょう。

その、たまたまギターを弾けて
そこで伴奏している兵士は、
多分、ギター弾けるくらいですから、
僕の推測では、
文士だったり、そこそこの家の出自だったり、
あるいは、新藤監督のように、
出征の遅かった映画や放送関係に勤める人で、
道具部屋に転がっていたギターを
見よう見まねで覚えた人なのか、
とにもかくにも、
日々、土や汗にまみれてたくましく生きる、
というイメージは描きづらかったんですね。


で、そういう人が、
この場で100人集められ、
これから赴任地が決まる、という集団の中にいるのに、
どんな気持ちでいるんだろう、と。


僕の独断ですけど、
なんとなく、もうすでに死を覚悟していたんだろうな、
という気がしました。

そして、
おそらくそのシーンでの「影を慕いて」が、
彼が弾く最後のギターになったんではないかと思いました。

藤山一郎さんは、
戦争で捕虜になって、
アコーディオン弾きながら歌を聴かせて
英兵の間でたいそうな人気者になったそうです。

そんなチャンスはこのギターを弾く兵士には
きっと、訪れないんだろうな、
と、思われたのでした。

上官と、明日にも死地に赴く仲間の前で、
恥ずかしい演奏をしてはいけない、
と、普段より少しだけ肩に力が入り、
顔も少し難しくなっている、
そんな風に弾くのが、
慣れない撮影でしかもその日に会った六平さんの
歌の伴奏をするぎこちない気分の自分と
うまく折り合いがつくような気がしたんですね。


それにしても、
あのとき、ギターの音は当てレコだとばかり思って、
フレタと、その宮本金八製と両方持っていったんですが、
疑似ガット弦を張った宮本ギターの素朴な音色に、
スタッフの皆さん全員が
「そっちの方がいい音だね」
とおっしゃるのでフレタ出番なし。

フレタが拗ねるのがとても良く伝わってきましたね・・・



































































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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
その作品、8月23日(日)午後、TOKYO MX-2でオンエアされる予定です。
かもみっら
2015/07/30 23:01
この作品 映画館で観ましたよ
大介さんの服の左胸に「鈴木」って書いてありましたよね
siroko
2015/08/02 20:03
六平さんのファンではありますが、
映画での、歌の前の前奏が
とても強く印象に残っていたのを
また、思い出しております。




さばねこ
2015/09/18 23:33

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