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zoom RSS トッカータの随(まにま)に

<<   作成日時 : 2014/07/23 02:19   >>

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音楽の中にいる、ということ。

自分にとっては、
それは作曲家が書いた楽譜の必然性が
身体の中に入ってきたときだと感じます。

難しいのは、
その作曲家の持っているロジックなり、セオリーなりが、
すんなりと身体に馴染まないときです。

そんなのは演奏家のエゴで、
書いてあるとおりに弾けばいいんだ、
というのは、僕が作曲家なら絶対にそう言うでしょうね。
すごくそんな気がします。

でも、たとえば、
ソルの幻想曲Op.30と言うのがありますよね。

あの曲の後半、
素晴らしい8分の6拍子のアレグレットの楽章で、
主題が何度も繰り返される時に、
毎回何かしらのハーモナイズや声部の進行が変化させてありますよね。

ああいうのが、
弾いていてどうしても
頭脳と身体がちぐはぐになってしまったように
同化しきれないで弾いている時、
目眩がしてきて、ベッドに倒れこんで寝てしまおうかとすら思います。


そういうところは、
僕はすごく不器用な楽譜再現者なのだなぁ、と
痛切に感じます。



今、練習している、
暗譜してさらっている作品の中で、
伊福部昭氏による「トッカータ」が、
ちょうどそのせめぎ合いの中にあり、
でも、ソルほど理不尽ではなくて、
そこに確固たる論理の裏付けがあるが故に、
もうちょっと、もうちょっとで、
身体に入ってこようかと言う瞬間。

焦ると、音楽は自分の外へ逃げてしまいます。

作っては壊し、組み立てては間違いに気づき、
の繰り返し。

家具やプラモデルなんかを
だいたいこんなんだろう、と適当に組み立てて、
後で説明書読んではめてない部品に気づく、
みたいな徒労もしばしば。。


「トッカータ」に関しての、
しかしながらその困難を後押ししてくれるモチベーションは、

この曲のアルペジオはまさに
ボートで海を走っているときの
海面のうねりとその向こうに何層にも広がった
水と光のマーブル、
濃い群青と透き通った青の絡まりあいに
思えてくるのです。

そんな時、
僕は何時間でもこのアルペジオというか、
和弦の中にいたいのですが、
まるで波にさらわれるみたいに
平衡感覚をたもてずにいるのです。


でも、この曲が好きです。

明日もがんばろっと。

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コメント(1件)

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ベッドに倒れ込んでしまいたい…という感覚わかりますね〜!
作曲家もですよ、もしかしたら同じように切羽詰まった状態で音を書いていたかもしれないじゃないですか。ソルはけっこう「音間違ってる?」説のある方ですよね…

天空仙人
2014/07/25 10:00

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