ギタリスト 鈴木大介のブログ

アクセスカウンタ

zoom RSS アーノンクールのロ短調ミサ曲

<<   作成日時 : 2010/10/27 14:39   >>

トラックバック 0 / コメント 5

ニコラウス・アーノンクールの
バッハ作曲ミサ曲ロ短調を
サントリーホールで聴きました。

僕の先生のホアキン・クレルチが
アーノンクール氏の生徒だったこともあって、
随分たくさんアーノンクールの録音は聴いているのですが、
なかでも、ロ短調ミサは僕がザルツブルグで
毎日のように聴いていたCDだったので、
とっても思い出深いのです。

まさかその実演を、東京で聴けるとは。

そして、実演こそが、
やはり本物なのだな〜と痛感いたしました。

はじめ、古楽器ならではの
微細なニュアンスに当惑していた聴衆もいたようです。
僕の席はとても良い場所でバランスがよかったためか、
もちろん、現代の大オーケストラの
ぶりぶり押してくる圧力とは別次元ですが、
素晴らしく緊密なバランスのとれたサウンドを堪能しました。

確かに、現代人の耳は、
ヘッドフォンやスピーカーの
2次元に処理された音空間に慣れ過ぎていて、
情報を単純に濃厚に受け取りたがっているのだ、
と感じられずにはいられませんでした。

タンニンの強いフルボディのワインに
舌が慣れてしまうと、
枯れた古酒を飲んだ時に、
よくわからない、みたいなのとちょっと似ているのかな・・・・

合唱、オーケストラ、ソリスト、個々の発音体が
別々の場所にいるということは、
音が3Dになって飛んでくるわけですね。
そうすると、最初は耳が戸惑っているんです。
急に聖徳太子になった気分。

でも10分くらいすると、耳が慣れてくる。

そうなると、例えば「グロリア」の中の「クイ・トリス」
という楽章あたりになって、
バッハが書いた弦楽器とフルートと合唱の
複雑な共存と絡み合いが、
緻密に構築された建造物の透視図を見るかのように、
突然立体的なパノラマとなって迫ってくるのです。


プログラムに書いてあったけど、
あらゆる進化には、多大な犠牲が払われる、
つまり、進化すればするほど何かを失っていくのだ、
というアーノンクール氏の意見というのは、
すごく意味深いということがわかりました。

バッハの音楽というのは、
モーツァルトやベートーベンに比べて
音楽をもっとも2次元化しにくいものなんですね。
だから、録音で聴いているだけでは知ることのできない、
未知なるバッハの響きはいくらでもあるのだろうし、
そういう中で、ある情報に特化して録音を
意図的に脚色する方法が多種多様だからこそ、
次から次へと新しい演奏の録音が出てくるんだな、と納得。


でもほんとうは、すべての音楽がそうなのかもしれません。
多かれ、少なかれ、の問題ですよね。

マーラーのシンフォニーなんかも
生で聴くと「あれれ?」っと全然違って聴こえるんですよね。。。


話が脱線した。

アーノンクールの演奏は、
バッハの音楽の複雑なテクスチュアが
完璧に再現されるだけでなく、
それらを聴き手側がより深く理解できるように、
鋭く演出された、しかし決して過度にならない
ドラマトゥルギーを付加されていて、
エル・グレコの絵画の上のほうにキリスト様とか
精霊とかいろんなものがふわーっと浮いているのを
見ているような、地上に再現された天上の安らぎ、
みたいな世界がひろがっているのでした。

お客さんもみんな大満足のようでした。


演奏後、
涙を拭いているオーケストラのメンバーもいて、
感動的な夜でした。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
しあわせな夜をすごされたのですね〜^^☆

聖徳太子やワイン、エルグレコになるほど〜
最後の“涙”のくだりにじ〜ん>v<
感動のおすそ分けをいただいた気分です^^

大音楽家としての大介さんの感じ方や
専門的な言葉や表現…♪
ど素人の私には難しいはずなのに…
美しさやユーモアが
所々に織り込まれているからですね。
心地よく響いて…伝わってくるのです^^
読んでいてとっても聴きたくなりました^^
アーノンクール、バッハ、古楽器…
神との対話、神々のささやき…^^♪

大介大先生の素敵なお話に感謝^^♪
未来のノーベル音楽賞?!
有力候補間違いなしですよね〜^^
ラグリマ大好き
2010/10/27 22:23
生で聴いてみたいです♪大介さんの文章ってたくさんの想像をかきたててくれて、ワクワクドキドキします。無性にその場にワープしたくなります。
最近、どうも自分は合唱曲の類いが好きなのかもしれないと…、でも音楽のことはよく知らないので何を聴いたらいいのかさっぱりわからず。手当たり次第に『熱帯雨林』で探してはやみくもに注文してしまっています。
合唱と演奏が融け合ってゆく美しさにすっかりヤラレテいます。
バッハはマタイ受難曲を聴いたのですけど…
正直まだハードル高い感じで〜。
「そういえばあたし『オーメン』のサントラが欲しかったんだよな…」みたいな気付きかただったんで、ホントに合唱曲が好きなのかも我ながら信憑性薄いっちゃあ薄いんですが…トホホ。あ、トホホってすごい死語?
ゆき
2010/10/27 23:12
い〜ですねぇ、大介さんの繊細なる《独り聖夜》みたいな、
ビロードと絹に例えられる音の滑らかさと抱かれ感が伝わってきそうです。

あの、余談ですが参考までにきいてくださいね。
聖徳太子の話ですが。

聖徳太子は移民族だという説があり、ペルシャ地方から来たのではないかと考えられています。

聖徳太子が住んでいた建物が残っていないのは、テント様式の移動するものが住宅であったからだというのです。

長い時間をかけ西方からやってきて、その地方の独特の言葉に精通していたそうです。

10人の言葉を同時に聞くことができる=10の国の言葉を理解できる
という意味だそうです。
国というのは民族という意味も含まれています。

また呪術や武道、芸能にも優れ、政治能力もありました。

この聖徳太子は暗殺され、子々孫々まで根絶やしにされました。
その霊を慰めるのがかの有名な○○寺だと、梅原猛さんは本に書いてます。

天空仙人
2010/10/28 01:13
ふむふむ、みんな博学だなー。本を読むことはいいですね。と、本年を振り返ったら2冊だった。あっ、3冊だー…。あまり変わらんね。 あともう少しという時にこの降雪。足踏み状態。とけるかな……。
ふらの
2010/10/28 07:38
激しく余談ですが、聖徳太子。あれは諡(おくりな)ってやつらしいです。生前はそんなふうに呼ばれてなかった。亡くなったあとに贈られる名前ですね。それに聖の字が入っているばあい古代ではその人は祟ると思われていて、だから聖の字を諡に使ったそうです。祟り封じ。暗殺や自刃など非業の最期を遂げた位の高い人に、祟らないでねという願いを込めて聖の字を使ったとか…。井沢元彦さんの逆説の日本史で読んだことあった気がします。…だからなんだっていうことでもないんですけど〜。
ゆき
2010/10/28 23:18

コメントする help

ニックネーム
本 文
アーノンクールのロ短調ミサ曲 ギタリスト 鈴木大介のブログ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる